溝上先生:こちらこそよろしくお願いいたします。私は人間がモノを視覚により認識するメカニズム解明に取り組んでいます。心理物理学という学問分野になるのですが、モノがどのような状態であり刺激の強さや種類はどの程度か?という物理学の側面と、それを人間がどのように認識するのか?という心理学の側面をともに検討する学問領域になります。また、そのように解明した視覚メカニズムをもとに、それぞれのモノが多様な環境で多様な人々にどのように見えるのか?を考慮したデザインづくり等を通して、実社会への応用・実装も行っています。
溝上先生:学部時代は電気電子工学を専攻していまして、実はそのまま学部で卒業するつもりでいました。ただ、人に関わる研究をしてみたいという気持ちもあり、学部4年の研究室を選ぶ際に、ちょうど新設されたばかりの光工学科の研究室に進んでみました。すると、もともと絵画や芸術に興味を持っていたこともあり、人間の視覚や色の見え方に関わるこの領域にすっかりはまってしまいました。また博士課程を修了してから研究留学を経験したのですが、様々な体験や出会いを通して自分でも思っていなかったテーマに取り組みはじめるなど、転機がたくさんありました。振り返ると、それぞれの場所で異なる研究テーマに取り組んできましたが、それらが自分の中で驚くほど自然につながり、うまく融合して現在の研究にいたっている気がします。
溝上先生:実験に取り組む際には、大きく分けて3つの要素をコントロールすることを大事にしています。1つ目は、どんな色のどんな画像または物体を見せるかという実験刺激の選定です。2つ目は、どのくらいの明るさのどのような部屋で見せるかという環境要因の決定です。3つ目は、被験者の方の属性(性別/年齢/色覚特性等)の正確な理解やどのような質問を提示するかという被験者の方への準備になります。特に3つ目の質問項目は、応答の自由度をどの程度もうけるかによって大きく結果が異なることもありますので、毎回非常に難しいポイントになります。一方で上手く質問を設定できて結果が出たときにはとてもやりがいを感じるポイントですね。
溝上先生:はい、データを取得してから統計的な仮説検定を行ってもなかなか予想通りの結果が得られないこともあります。ただ、予想通りの回答が得られなかった場合にこそ、新しい視点を持つことや更に当該事象へ一歩進んだ理解をすることができます。そのようなケースでは、特に直接生データに触れながら様々な仮説の可能性と向き合うことを大切にしています。多くの研究者がそのように注意していると思いますし、学部生・院生のみなさんにも大事にしてほしいです。
溝上先生:ありがたいことに様々な企業様と色の見え方や見せ方に関する共同研究をさせて頂いております。一例としまして、化粧品メーカーの株式会社資生堂様と肌の明るさや色味による見え方の違いに関する研究があります。こちらの写真をご覧いただいてどちらの顔の方が明るいと感じますか?
溝上先生:おっしゃる通りほとんどの方が左側を選ばれるのですが、実は明るさを表す明度は全く同じなんです。人の顔に関しては、赤みがかっている色の方が黄色がかっている色より人間の目には明るく見えるということを明らかにした実験でした。メラニンとヘモグロビンという色素が肌の色を決める2大要素なんですが、ヘモグロビンの量が増えると赤みがかって見えるんです。これらの肌特有の色特性が顔の明るさ知覚に関わっていると考えています。
溝上先生:共同研究の結果としても非常に興味深い内容でしたし、企業の方と様々なディスカッションをしながら同じ方向に進む経験は非常にエキサイティングでした。またこの結論から実際に新しい製品化にもつながり、企業様にも貢献する実感をもつことができましたので、個人的には大変嬉しかったです。
溝上先生:色を含めたデザインを考えるときに、見る側の人間にとってどのような見え方になるのか?を考えることは非常に重要だと思います。ただ上記の実験のように、正確に見え方を評価することは大変難しいことですし、入念な準備や検証が必要になります。またそれ故に人それぞれの見え方に多様性があることも理解することができますし、それらを理解することで人間の多様性を受け入れたモノづくりやデザインが広まっていくと考えています。この研究活動を通して、様々な人にとって優しく、より生きやすい環境を作り出すことに貢献できればと思います。